矯正治療のメカニズム
歯の移動の基本原理
装置で歯を押すと
骨が代謝して歯が動く
矯正治療は、「矯正装置で歯を押す」ことで、歯が埋まっている「歯槽骨を代謝させる」ことで実現します。
順を追って説明しましょう。下の図をご覧ください。
まず、歯と歯槽骨の間には「歯根膜」という弾力のある薄い膜があります。普段はクッションの役割を果たしている膜です。
矯正装置で歯に力を加えると、一方の側の歯根膜は圧迫されて縮み、もう一方の側の歯根膜は伸びます。(下図)
すると歯根膜は元の厚みに戻ろうとして2種類の細胞を産生します。進行方向の側に「骨を溶かす細胞(破骨細胞)」を産生し、逆側には「骨をつくる細胞(骨芽細胞)」を産生します。(下図)
進行方向で生まれた「破骨細胞」は、周囲の歯槽骨を破壊していきます。逆に反対側では「骨芽細胞」が新たに歯槽骨を作り始めます。(下図)
このように「装置で歯を押す」ことで、歯が埋まっている「歯槽骨を代謝させる」ことにより、歯の移動が実現します。
様々な方向に矯正力をかけ、
複雑に歯を動かす
先ほど登場した図では、歯は横方向に移動していました。ですが実際の移動は横方向だけではありません。いろんな方向に力を加え、回転させたり、引っ張りだしたり、様々な移動を組み合わせて矯正をおこないます。
次は矯正治療における「歯の移動方法の種類」について説明します。
歯の移動方法の種類
歯の移動方法は6種類ある
矯正医は、歯を移動させたい方向に合わせて上記6種類の移動方法を組み合わせながら矯正していきます。
それぞれの移動方法について詳しく解説していきます。
1.挺出(引き出す)
挺出とは、歯を歯茎から垂直に引っ張り出す移動方法です。
挺出は、例えば歯が他の歯に比べて短く見える場合や、歯茎に埋もれている場合に使用されます。
2.圧下(押し込む)
圧下(あっか)とは、歯を歯茎の中に押し込む移動方法です。
圧下は、過蓋咬合(深い噛み合わせ)において前歯の噛み合わせを浅くするために使ったり、奥歯の咬合負荷を均等に分散したいときなどに使います。
奥歯の圧下はワイヤー矯正では難しいです。ワイヤーの曲げやブラケットの位置調整に限界があり、奥歯に対して効率的に圧下させる力を加えられないからです。
一方マウスピース矯正では、マウスピースの押し込む力と、歯で噛む力が組み合わさるため、効率的に圧下させることができます。
3.回転
回転とは、歯の長軸を中心に回転させる移動方法です。歯が捻じれているような症例に用います。
4.傾斜移動(押し倒す)
傾斜移動は、歯の角度を変える移動方法の一種です。歯冠を水平方向に押すことで、歯根の先端1/3部分を支点に歯を傾斜させます。歯冠は力が加わった方向に動き、歯根の先端は逆方向に動きます。
傾斜移動は、歯が内側や外側に傾いているときに使いますが、特に出っ歯矯正において活躍する移動方法です。
マウスピース矯正は傾斜移動が得意で、ワイヤー矯正よりも速く歯を移動させることができます。
5.歯体移動(並行移動)
歯体移動とは、歯を歯根ごと平行に動かす移動方法です。
矯正装置で歯冠部分をしっかり固定し、歯全体に均等な力を加えることによって実現します。
歯体移動は、前歯の整列スペースを確保するために歯列全体を後方移動する際などに用います。
歯体移動は、歯槽骨が薄い前歯部で特に注意が必要です。矯正力をかける位置が適切でないと、歯根が露出してしまうリスクがあるからです。そのため、歯体移動には高度な技術と慎重な計画が欠かせません。
6.トルク(垂直回転)
トルクとは、歯の角度を変える方法の一種で、歯冠の位置を変えずに傾きを変える移動方法です。
トルクの実現方法はマウスピースとワイヤー矯正とで異なります。
ワイヤー矯正では、ワイヤーをねじることによって実現します。(下図)
参考:図解!矯正治療が面白いほどわかる本
一方マウスピース矯正では、歯冠上部を傾けたい方向に押し、歯冠下部には逆向きの力を加えることによって実現します。(下図)
マウスピースは歯冠全体をしっかり包んで力を伝えることができるため、ワイヤー矯正よりも正確にトルク移動を実現できます。
歯列スペースの確保方法
不正咬合の原因は
スペース不足
不正咬合(悪い歯並び)の原因の多くは「歯が並ぶためのスペースの不足」です。
顎の骨が小さい、歯が大きい、歯の本数が多いといった理由でスペースが足りなくなり、歯並びが悪くなってしまうのです。
矯正治療は
スペースの確保が重要
当然ながら、スペースが不足した状態で歯並びを改善することはできません。そのためスペース不足が原因の不正咬合の場合、治療の最初のステップとしてスペースを確保する処置をおこないます。
それではスペースを確保するための具体的な方法について解説していきます。
スペース確保の方法1/4抜歯(歯を抜く)
抜歯はあらゆる手法の中で最も確実にスペースを確保できる方法です。抜歯一本で約7mmのスペースを得ることができ、なおかつ短期間でスペース確保を実現できます。前歯を大きく後退させる必要がある場合によく使う方法です。
抜歯する歯は患者様によって違いますが、最も多いのが小臼歯を抜くケースです。(場所は下図)
小臼歯は見た目への影響が少ないですし、犬歯のように噛み切りに使うこともないですし、咀嚼への影響も少なめです。それゆえ、他に状態が悪い歯があるなど特別な理由がない限り、小臼歯を抜くことがほとんどです。
小臼歯の次に抜くことが多いのが親知らずです。(このパターン後ほど「遠心移動」の項で説明します。)
スペース確保の方法2/4IPR(歯と歯の間を削る)
IPRとは、歯の隣接面(歯と歯の間)を少しだけ削るというスペース確保方法です。ディスキングやストリッピングとも呼ばれます。
削ると言っても虫歯治療のように大きく削るわけではなく、削る量はわずか0.2~0.5mm程度です。そのため、見た目への影響はほとんどありません。また、エナメル質の表面のみを削るため、痛みを感じることもありません。
複数の歯を削ることで一定のスペースを確保することはできますが、残念ながら抜歯ほど多くのスペースを作ることはできません。そのため、歯を並べるために必要なスペースが大幅に不足している場合、IPRだけでは対応が難しいことがあります。
スペース確保の方法3/4歯列を横に広げる
3つ目は、歯列を横に拡大することによってスペースを作る方法です。「歯列弓拡大」といいます。
歯列弓拡大は「拡大床(かくだいしょう)」という装置を使っておこないます。より早く歯列を拡大するために、急速拡大装置というものを使うこともあります。
歯列弓の理想的な形状はU字型
歯列弓とは、歯並びを真上から見た際のアーチ形状のことをいいます。主に「U字型」「V字型」「方形型」の3種類があり、理想的な形状は「U字型」です。U字型の歯列弓は、歯に均等に力がかかるため、噛み合わせが安定し、さらに見た目も美しいです。
バッカルコリドーも改善
バッカルコリドーとは、笑ったときなどに口角と歯の隙間にできる影やスペースのことをいいます(赤線)。U字型歯並びにすると、このバッカルコリドーも解消して笑顔がキレイになります。(バッカルコリドーがあると笑顔が暗く見えます。)
スペース確保の方法4/4歯列の遠心移動(後方移動)
遠心移動とは、歯を全体的に後方に移動させる処置です。抜歯をせずにスペースを確保することができます。
歯を動かして得られるスペースは片側2mm(両側で4mm)程度です。親知らずがある場合は抜歯してから遠心移動をおこないます。
矯正できる歯並び
次のページでは、当院で治療された患者様の症例と併せて矯正できる歯並びについてご紹介いたします。ご自身に当てはまる症例を見つけて、治療期間や仕上がり後のイメージの参考にしてください。
IPRは安全です。
削るのは歯の最表層、エナメル質だけで、削る量も多くて0.55mm程度です。虫歯に対する耐性が弱い象牙質(エナメル質の内側)まで削ることはないため、虫歯リスクの増大といったリスクはありません。
またIPR処置に痛みはありません。ご安心ください。
参考文献:
Gómez-Aguirre JN, Argueta-Figueroa L, Castro-Gutiérrez MEM, Torres-Rosas R. Effects of interproximal enamel reduction techniques used for orthodontics: A systematic review. Orthod Craniofac Res. 2022 Aug;25(3):304-319. doi: 10.1111/ocr.12555. Epub 2021 Dec 13. PMID: 34865310.